被写界深度と許容錯乱円
昆虫や花の接写撮影をするときに、ある場所にピントを合わせると別の場所のピントが合わなくてなって困ることがあります。こんなときには絞りを絞るとよいという話は聞きますが、どの程度ピントが合うようになるのかは経験的にしか知りませんでした。ピントが合う距離の範囲のことを被写界深度(depth of field: DOF)と呼びます。また、像が少しくらいボケていても人の目にはボケているとは感じない範囲を、カメラの撮像素子上の円で表して許容錯乱円(circle of confusion: CoC)と呼んでいるそうです。
これらの量はいずれも幾何光学で求めることができます。実際には、光の回折効果により点光源から出た光もレンズで絞ると広がってしまいますが、許容錯乱円はそれよりも十分大きくて、回折効果は考えなくてもよいという仮定で計算されています。
まず、上図のような光学系を考えてみましょう。点Oにある点光源から出た光を焦点距離fのレンズLでスクリーンS上に集光させることを考えます。もちろん、ここでいうスクリーンはカメラの撮像素子のことです。今、点光源とレンズの距離をsとしたときに、点光源から出た光がちょうどスクリーンS上に集光されるとしましょう。このとき、点Oより少し遠い、距離DFのところに置いた点光源から出た光は少し手前で集光されます。従って、スクリーン上で像はボケてしまいます。そのボケの大きさをcFとしておきます。同様に、点Oより少し近い、距離DNのところに置いた点光源から出た光は、スクリーンより少し後ろ側で集光され、スクリーン上ではやはり像はボケます。その大きさをcNとします。
このとき、次のレンズの公式
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(1) |
が成り立ちます。ここで、vはレンズとスクリーンとの距離です。同様に、
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などの式も成り立ちます。また、像のボケを表すcNやcFは、レンズの口径dを用いて、
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(4) |
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(5) |
のように表すことができます。
式(4)と(5)から、式(1)-(3)を用いて、v、vN、vFを消去しますと、
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(6) |
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(7) |
という関係が得られます。ここで、レンズのF値をとおきました。これらの式からボケぐあいを表すcNやcFを求めてみますと、
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(8) |
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(9) |
となります。この2つの式はまとめると
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(8') |
となります。ここで、を表します。
今、人の目ではボケているとは判断できないぎりぎりの大きさのボケを考えます。スクリーン(撮像素子)上で、そのボケの大きさを表す円(許容錯乱円)を考えて、その直径をcとおきます。このとき、スクリーン上での像の大きさがcより小さくなるような、光源の位置の範囲を被写界深度と呼びます。式(6)と(7)でとおいて、被写界深度DOFを表すと
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(10) |
になります。この式はやや複雑ですが、レンズの倍率を用いると簡単に表すことができます。レンズの倍率mは
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(11) |
または、
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(12) |
で表されます。式(11)と(12)を式(10)に代入しますと、
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(13) |
になります。すなわち、焦点距離f、F値N、それに、倍率mを与えれば、cを適当に仮定することにより、被写界深度DOFが求まることになります。
許容錯乱円の値cの決め方にはいろいろな方式があります。例えば、Zeissの式では、撮像素子の対角線の長さの1/1730となるように決めています。これは、35mmフィルムで許容錯乱円の半径を0.025mmとすることから逆算した値です。また、撮像素子の対角線の長さの1/1500とする方式もあります。これは、写真を対角線の長さ30 cmまで引き伸ばしたときに分解能5 line/mmまで人が見ることができるとして決めたものです。
例えば、後者の定義で、実際にNikon D90について許容錯乱円の値cを求めてみましょう。D90の撮像素子の大きさは23.6 x 15.6 mm2なので、その対角線の長さは28.3 mmとなります。従って、cの値は0.0189 mmということになります。記録画素数は4288 x 2848ピクセルなので、1ピクセル当たりの大きさは0.00550 mmとなり、cは3.4ピクセルに当たります。
接写条件では、式(13)はもう少し簡単な関係式にすることができます。接写条件ではなので、式(13)の分母の第1項は第2項より十分大きくなり、第2項を無視することができます。その場合には、
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(14) |
となり、被写界深度は焦点距離にはよらず、倍率とF値のみで決定されます。
上図はcを0.0189 mmとしていろいろなF値で式(14)を計算したものです。絞りを絞ってF値を大きくすればするほど、それに比例して被写界深度DOFは大きくなり、また、倍率mが大きくなればなるほど、被写界深度は小さくなっていくことが分かります。いずれにしても、等倍(m=1)ではDOFは1 mm程度と大変狭くなってしまいます。許容錯乱円は写真を対角30 cmほどに引き伸ばしたときの条件ですから、L版で見るだけならば、対角線の距離は半分程度になりますので、被写界深度も倍になる勘定です。
ついでに、接写の条件で、式(8')は
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(8") |
と近似できます。ここで、とおき、式(11)と(12)を用いました。この式は、接写条件で、合焦位置から撮影対象がずれた場合、あるF値で像がどれだけボケるかを示す式として有用です。この式から、合焦の位置からずれた場合、像のボケは倍率の関数とF値の逆数の積で決まることが分かります。
一方、を無限になるような条件にすると、より遠方のものであれば、どの距離にあるものでもピントが合わせることができるようになります。この条件は、式(7)の分母を0にすれば求めることができます。すなわち、
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です。ただし、この条件でピントの合う位置sをとしています。これをHについて解くと、
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(15) |
となります。すなわち、H、あるいは、その時の倍率をとなるようにカメラを設定しておきさえすれば、焦点を合わせなくてもピントの合う写真が撮れるようになるのです。
【参考文献】
1. http://en.wikipedia.org/wiki/Depth_of_field
2. http://en.wikipedia.org/wiki/Circle_of_confusion
3. http://en.wikipedia.org/wiki/Zeiss_formula