レトロフォーカスとリバースレンズ方式
レンズの焦点距離が短くなると、広角で撮影できるようになるのですが、一方、遠方を撮影するときにはレンズと撮像素子の間の距離が短くなりすぎて、一眼レフのカメラボディや跳ね上がりミラーなどが邪魔になってしまいます。そのため、レンズの位置はそのままにしておき、仮想的にレンズを撮像素子に接近させる方法が考案されました。この方法をレトロフォーカスといいます。要は、凸レンズの前に凹レンズを配置させるだけなのですが、この技術により、広角レンズも一眼レフカメラに取り付けられるようになったのです。
(1)レトロフォーカスの原理
レトロフォーカスの原理について説明していきましょう。
図1 凹レンズと凸レンズからなるレトロフォーカスレンズの原理
図1を見て下さい。光は左側から入ってきて、撮像素子上の点P3に焦点を結ぶとしています。今、十分遠方を撮影しているとして、平行光線が入射していると考えます。レトロフォーカスでは通常の凸レンズL2の前に、凹レンズL1を置いています。もし、凹レンズがないとすると、平行光線で入ってきた光は点線で描いた道を進み、点P2に焦点を結びます。従って、撮像面上に焦点を結ばせようとすると、凸レンズL2を右に持っていかないといけないことになります。
凸レンズの前に凹レンズを置けば、光は凹レンズの作用により広がり、P3の場所に焦点を結ばせることができるようになります。このとき、凹レンズがないとして、まっすぐに引いた線と凹レンズがあるために広がった光線との交点の位置にL2’という仮想的な凸レンズがあると考えると、あたかも、凹レンズL1や凸レンズL2がなく、L2’という仮想的な凸レンズだけがあり、P3に焦点を結んでいるように見えます。つまり、凹レンズを置くことにより、凸レンズを仮想的に後方にもっていき、光が集まる点をずらすことができるのです。「レトロ」は「後方へ」を意味するので、この方式はレトロフォーカスと呼ばれています。
このときの仮想的なレンズL2’の焦点距離をで表すことにして、そのを求めてみましょう。平行光線が入射して、凹レンズで光が広がるときには、あたかも凹レンズの焦点P1から光が放出されるようになるので、図1のように作図されます。そうすると、P1から出た光が、凸レンズL2の作用により、P3に焦点を結んでいるように描くことができます。そこで、次のレンズの公式が成り立ちます。
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(1) |
ここで、、は凹レンズと凸レンズの焦点距離、は両レンズ間距離、は凸レンズからP3までの距離を表しています。P3とL2で作る三角形とP3とL2’で作る三角形は相似であり、また、レンズL1中を通る光線とL2’中を通る光線の中心軸からの距離は等しいので、次の関係式が成り立ちます。
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(2) |
この関係から、
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(3) |
という関係が求まります。ただし、(1)式を変形したという関係式を用いました。この関係から、例えば、となるように凹レンズを置きますと、凹レンズの焦点距離には関係なく、焦点距離はもともとの凸レンズの焦点距離と等しくなり、しかも、レンズの位置を仮想的にL2’の場所に移動したカメラレンズを作ることができるのです。
(2)リバースレンズ方式
カメラレンズを逆にしてカメラに取り付けるやり方をリバースレンズ方式といいます。リバースレンズ方式は接写の際、拡大倍率を上げるときにしばしば用いられています。リバースレンズにするには、レンズのフィルターを取り付ける部分に、リバースアダプターというリングを取り付け、それを使ってカメラボディに取り付けるのです。
レトロフォーカスのレンズを逆に取り付けると、図2のようになります。光はまず凸レンズに入射し、その後、凹レンズに入ることになります。このレンズ系に平行光線が入ると凸レンズL2の作用により、L2から焦点距離だけ離れたP4に焦点を結んでしまうので、図のような場合には遠方にある被写体の撮影はできません。しかし、適当な距離の被写体なら、図2のように撮像素子上に焦点P6を結ぶので、ピントを合わせて撮影することができます。この時、撮影倍率が上がるのです。
図2 凹レンズと凸レンズからなるレトロフォーカスレンズのリバースレンズ方式
今、点P1から出た光が凸レンズL2、凹レンズL1の作用により点P6に焦点を結んだとします。もし、凹レンズがなければ、凸レンズL2の作用により、点P5に焦点を結ぶはずです。この時、次のレンズの公式が成り立ちます。
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(4) |
この式から、
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(5) |
という関係式が得られます。
点P1、P5、P6の中心軸からの距離をそれぞれ、、と書くことにします。三角形MP6Nについての相似条件から
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(6) |
という関係式が得られます。また、三角形P3P6Nについての相似条件から
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(7) |
が得られます。この2つの関係式から、という関係式が得られるので、について解くと、
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(8) |
という焦点位置を与える式が得られます。
一方、倍率は
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と求まります。ただし、途中で(6)式と(5)式を用いました。この式から、分母が0となるときに倍率が発散する場所があることが分かります。
図3 点光源の位置を変化させていったときの倍率と像の位置の変化
図3は光源P1の位置を変化させていったときの倍率の変化と、焦点位置の変化を表したものです。ただし、、、をそれぞれ25mmにしています。この図から、もものときに発散していることが分かります。が負になるのは凹レンズL1に対して凸レンズL2側に像が結ばれることを意味するので、実際に使えるのはのとき、すなわち、のときだけになります。
とはグラフの形が大変似通っていますが、両者は次のような関係式で結ばれています。
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(10) |
この式は、(8)式と(9)式から、(5)式を用いて、とを消去することにより求まります。ここで、はレトロフォーカスのときの焦点距離で、(3)式で与えられます。は凹レンズと撮像素子との距離ですから、一般にレンズとカメラボディの構造で決まる定数部分とエクステンションリングなどを入れたときの厚みの増加で決まります。(10)式の最後の定数項を除けば、とはパラレルに増加していくことが分かります。最後の定数項は、のときには0になり、逆に、のときは発散的に大きくなります。
図4 通常の凸レンズの場合
この関係は通常の凸レンズにおける関係とよく似ています。図4のような焦点距離の凸レンズについて、レンズの公式を適用すると、
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(11) |
となります。倍率がで与えられることから、両辺にをかけて変形すると、
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(12) |
となります。すなわち、(10)式のが通常の凸レンズのに対応すると考えられます。カメラレンズにおいては、と書くことができます。ここで、はヘリコイドの移動量を表し、はエクステンションリングの厚さです。従って、(10)式も定数項を含めて
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(12) |
と解釈することができそうです。ただし、レトロフォーカスのリバースレンズ方式の場合、は凹レンズからの距離を取っていて、の意味は通常の凸レンズの場合とは異なってきます。
接写倍率を上げるという意味において重要なことは、(12)式を変形したという式においてがもともと大きなことと、が小さいことです。従って、無限遠方を撮影した時の焦点位置がレンズの内部にあるようなレトロフォーカスのリバースレンズ方式では、潜在的にが大きいことを意味し、また、広角レンズでは焦点距離が短いことを考えれば、接写倍率を上げるのには好適であると考えられます。